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働く女性の仕事場やこだわりを聞くなど、女性の仕事に関する記事を掲載しています。

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仕事場拝見 かんばる女性のインタビュー Vol.02 デザイナー 永井純

【プロフィール】
 ながい・じゅん。1963年山口県下関出身。高校卒業後、大阪のデザイナー学校で2年間グラフィックを学び、その後アパレルメーカーに就職。3年後退職し、アメリカへ留学。1年半ほど日本とアメリカを行き来した後、アパレルメーカーに再就職。2年後退職し、フリーデザイナーに。2001年1月、大阪西区にオリジナルブランドのお店「St.ODIM(セントオーデイン)」をオープン。現在、オーナー兼デザイナーとして活躍中。

きっかけは大学受験の失敗

 花と緑に囲まれた靭公園のすぐそばの小さなビルの2階に、20代後半から30代のOLさんの間で熱い支持を得ている洋服店がある。まるでヨーロッパの家庭のリビングを思わせる心地よい店内、フルオーダーもできるオリジナルブランドの商品。映画やテレビドラマにも衣装提供をしているそのお店のオーナー・デザイナーが、永井純さんだ。
 ファッションセンスはもちろんのこと、明るく気さくな人柄が、多くの常連客に愛されている永井さんが、この道に入ったのは意外にも、大学受験の失敗がきっかけだった。
 「美術の先生に絵をほめられたことはありましたが、まぁそんな程度で、普通に受験して将来は学校の先生かなぁ〜なんて漠然と考えてました。でも、受験に失敗して、浪人して再チャレンジする気もなかったし、じゃ、どうしょうと思っていた時に、ちょうどその頃活躍していたコピーライターの糸井重里さんとかがTVに出ているのを見て、刺激されて(笑)。デザイナーっていう選択肢もあるなぁって思ったんです」。

仕事場拝見 がんばる女性のインタビュー

 大阪のデザイナー学校で、グラフィックを学ん後、アパレルメーカーに就職。なんと、グラフィックとはまったく異なる服飾デザイナーとして勤務することになる。
「もともとは、広報室の募集で応募したんですね。それならカタログ制作など、グラフィックの分野になりますから。でも、入社してみると、配属されたのはなぜかメンズファッションのデザイン部でした(笑)」。
 最初担当したのは、メンズデザインの下絵を描く仕事。洋書のファッション誌を見本に、ひたすら言われるままに下絵を書き続けた。しかし洋服のデザインに関してはまったくの素人。「自分の描いているものが、カッコいいのか、悪いのかすら分かりませんでした」。
 数ヶ月が過ぎても、広報室へ移動になる気配もなく、やるからにはしっかり勉強しないといけないと気持を切り替え、メンズデザインのノウハウを学ぶための行動を開始。先輩に連れられ、勉強のために大阪中のお店をくまなくリサーチに回ったという。
 「勉強したいというと、もう1人の同期の子と一緒に4つ上の先輩がリサーチに連れていってくれたんです。お店を回りながらデザイナーとしての基本を懇切丁寧に教えていただきました。それが、会社が休みの毎週土日、ほぼ1年間続きました。付いていった私たちも偉い(笑)と思うけれど、その先輩は今から考えても、本当にすごい人だと思います」。
 面倒見のいい先輩にも恵まれ、1人前のデザイナーとして成長していったが、仕事に慣れていくうちに、自分の思い描いているデザインと会社とのギャップを感じ、それがストレスになり、体を壊したこともあり、3年で退職。かねてからの憧れだったのニューヨークに行くために、アメリカへ短期留学することになる。
 「まったく違う新しい刺激を受けたい気持もあり、思い切って留学することにしたんです。向こうではもう遊び回っていましたね。ニュージャージーのランゲージスクールに入学し、寮に入っていたのですが、そこを拠点に、ロスに行ったり、ヨーロッパに行ったり、貯金を全部使い果たして帰ってきました」。

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